2017年6月30日

誰かとともに創りたい

今日で、2017年の上半期が終わる。




振り返ると、節分、春分の日、夏至という
節目節目で、新しい出会いや新しい学びなどもあり、
精神的に大きく変化した。




今年は外側に対して何かを打ち出していくというより、
内側の充実をみっちり図ることをテーマにしているが、
そのままの半年間をつくってきたように思う。




明日からの半年間は、来年以降の準備も含めた
意識と動きをしていこうと思っている。




今迄も、この世界に深く関わってきて、
いろんなことを知った。
いろいろなことを乗り越えてきたし、
さまざまな挫折もあった。
そして、他の世界も知りたくなった。
新しい世界を、
誰かとともに知ってゆきたいし、
誰かとともに創ってゆきたい。




「誰かとともに」
そんな境地に立っている今という時です。




2017年6月29日

話せない時、書けない時

ここのところブログを書いていても、
あまりしっくり来ないのです。




私は、自分の言葉を発信する際に、
自分の感情と思考が一致してないことが
とても苦手なので、選ぶ言葉ひとつひとつを
とても吟味します。




言葉を扱うということは、とても神聖な行為。
言葉には、神が宿ると感じます。
(逆に、扱い方によっては、呪いにもなります)




わたしには書くことが癒しでもあり
好んでブログを書いてきましたが、
最近ブログを書くその一連の流れにおいて、
今の自分の感情や感覚に沿う言葉というのが
湧き出てこないのです。




でもこれは、13年くらい前に当時は楽天ブログを
開設してきてから、何回も体験していることでも
あります。




自分が変化するときというのは、
感じていること、
考えていること、
が、変わってきているということなので、
頭の中にある言語が今までとは
違うものになっていて、
急に人と話せなくなくなったり、
書けなくなったりするのです。




また、学んだことを直ぐに言語化し
アウトプットすることで、
自分の理解も早まるのは事実なのですが、
最近はあえて「言葉にしない」で置くことも
エネルギーの充填になると感じています。




常に変化し、成長していくのが人生であり、
それにリンクして、波動も変われば感覚も変わり
感情も変わり、そしてやはり言葉も変わってきます。




この時期、
少し見つめてみたいと思っています。



2017年6月28日

自分自身に、くつろぐこと

何かを達成する為に努力する。
何かに一途に向かう。




性質なのでしょうが、
放っておいても、それらのベクトルが
私は働きます。
これは、いうなれば男性性のエネルギー。




自分の意識の中で、
この時期、これらのベクトルの手綱を
少し緩めています。




頑張らなくとも、
何かを成し遂げなくても、
何も持っていなくても、
無条件で100%自分にOKだせているか。
かに座のこの時期、ここら辺のことを改めて
見直すタイミングであるようです。




弱い自分であろうが、
情けない自分であろうが、
ただ在るということに
OKが出せているか。。
これは、女性性のエネルギー。




男性性と女性性のエネルギーの性質を知って、
両方をその目的とタイミングと場に合わせて
使いこなせるのがベストですが、
特にこの女性性(精神性)のエネルギーを
先に満たしておくことがとても大切だと思います。




ちなみに、「女性として美しくありたい」という
”高みや上に向かっていく”エネルギーは、
実は男性性のエネルギーに近いのですね。




美しくありたいという思いや美意識は、
わたしも人一倍強い方ですし大切にしていますが、
”その前に”美しくありたいと願う根源の土壌が、
女性性のエネルギー(精神性)で
満たされているか?ということ。。




でないと、
欠乏感から”理想”を描くというトラップに、
簡単に陥ってしまいます。
その”理想”や”目標”は欠乏感からきていないか。
これはとても大切な視点だと痛感します。




肩書きも、責任も、仕事も、役割も、立場も、
今目標にしていることなども、
一旦全部、脇に置いてみること。
何もない、自分自身の"ただ在る"という
感覚にどっしりとくつろいでみること。




そんなことや、そんな時間をもつことが、
いまとても大切な時期だと思います。




2017年6月27日

71歳の色気とエネルギー

先日、宇崎竜童さんが出ていらしたテレビを
拝見する機会があった。
宇崎さんといえば、山口百恵さんをはじめ、
たくさんの楽曲を世に出された方ですが、
ご自身も今も現役でライブなどをされています。




宇崎さんとは少しご縁があり、以前、
宇崎さんと奥様の阿木曜子さんが経営されている
お店で、1年間ほど働いていたことがある。
(恐れ多くもおふたりの前で、歌ったことも...^^)




宇崎さんの歌とギターを拝見したのは、
数年ぶりでしたが、本当に心が揺さぶられた。
特に、ギターのパワフルなエネルギーたるや。




71歳とのことでしたが、どう言葉にしたらよいのか、
その音色からほとばしる、円熟さとパワフルさと、
そして色っぽさといったら。。




数年前にお店のライブで生で拝見した時よりも、
更にエネルギーが増しておられるように感じました。




男性も女性も、”色気”とは、
わたしは”生命力”そのものだと思っていますが、
本当に自分の道を生きておられる方というのは、
いくつになっても色気と深みがあるように思い
尊敬してしまう。




年齢を重ねてでしか出せない色気が、ある。




2017年6月26日

言葉がもつ、神聖さ

昨年、パリを旅したとき、
とても不思議な感覚があった。




それは、云うなれば、
言葉がわからないという心地よさ。




日本で生きていると、当たり前だが、
言葉で理解し、言葉で思考し、
言葉でコミュニケーションをとる。




それが、一切できないとどうなるか?
というと、言葉ではない領域の感覚が
目覚めるようで、本能や五感や、第六感と
いわれるような感覚までもが、
研ぎすまされていくような感覚があった。




不思議と、行きたいところにはスルスル行けたし、
伝えたいことが伝わった。




この経験は、言葉についての色んな洞察を
わたしにもたらしてくれた。




「はじめに言葉があった」
というのは、聖書の有名な言葉であるが、
古代は言葉を扱えるのは、位の高い人だけだった。




言葉というものの、偉大さと、不思議さと、
神聖さを感じてならない。






2017年6月25日

いかに、活かすか

宇宙の原理などの探究心が昔から強い私であり、
探究&研究すること自体が癒しでもありますが、
探究にはゴールがないことも知っています。




現実に活かさなかったら、ただの、
脳内ゲームに過ぎない。
(とはいえ、知識に触れるだけで、
脳内がシフトするような高度な原理もあります)




やはり人生という舞台に反映させていくことが
地球で生きている醍醐味でもあると思うし、
色んな原理などの知識は、
いかに使うか?という視点が本当に大事。




でもここが一番難しいところでもあり、また
逆にいうと、トライのしどころでもあり、
人生は、実験の現場でもあると思えてくる。




今まで得た原理を、如何に活用していくか。




洗練させて、ゆくつもり^^




2017年6月24日

嫉妬心は、才能の可能性である

いかなる、低俗な感情も欲望も、
絶対に否定してはならない。




そこに、才能や人生の可能性が
凝縮されている。




例えば、嫉妬という感情が
湧いたのなら、それは事実
エネルギーとして有るのだから、
無きものとして弾圧したりしては、
絶対にいけない。




「嫉妬する自分なんて、なんて醜いんだ」
などと、自分を否定しないこと。
これこそが、"いのち"を萎縮させる。




まずすべきことは、嫉妬というエネルギーを
分解して、理解すること。
そして、気づきと新たな創造のエネルギーに
昇華させていくこと。




どこからきてる?
何故、湧いたと思う?
パターンはある?
どういう人に湧く?




そうやって、自分と対話する。
醜いものとして不快な感情に蓋をせず、
思い切って、近づいていくこと。




まずは、ここまで。





嫉妬や怒りや罪悪感、
また、恐怖心や不安感など。
何も、問題ない。




最も低俗ともいえる感情に、
最も大きな創造の可能性が存在する。




美しくありたい。
品よくありたい。
正しくありたい。
これらが強い人は注意が必要かもしれない。
後は、スピリチュアル好きな人も。
何故なら、低俗な感情や欲望を、
否定するベクトルが働きやすいから。




いかなる、低俗な感情も欲望も
絶対に否定してはならない。

それは、云うなれば、
才能と可能性を教えてくれる
グーグルマップなのである。




ただ単に、そのエネルギーの取扱い方を
知らないだけ^^




確信として、いえる。




2017年6月23日

ひとりの女性の美しき生き様

今日は、これを書かずにはおれなかった。




小林麻央さまが、天国に召された。




ブログもそんなに読んだりはしていないし、
彼女のことを詳しく知っていたわけでもない。




だけど、その純粋で透明で、
気高い生き様としてのエネルギーは、
心の深い領域に刻まれていたのでしょう。




訃報を聞いたとき、涙が頬を伝った。




☆☆☆

忘れないでほしい 
愛するものと過ごす時間を
それは永遠には続かないのだ

忘れないでほしい 
すぐそばにいる人を抱きしめることを
あなたが与えることができる

この唯一の宝物には1円たりともかからない

忘れないでほしい
あなたのパートナーや愛する者に
「愛している」と言うことを
心を込めて

あなたの心からのキスと抱擁は
傷をいやしてくれるだろう

忘れないでほしい
もう逢えないかもしれない人の手を握り 
その時間を慈しむことを

愛し 
話し 
あなたの心の中にある
かけがえのない思いを
分かち合おう

人生はどれだけ
呼吸をし続けるかで
決まるのではない
どれだけ
心のふるえる瞬間があるかだ

☆☆☆



心がふるえるような美しい生き様を
見せてくださった麻央さま。
ほんとうにありがとうございます。




あなたが愛した海老蔵さまとお子様の
歌舞伎の舞台を観にいきますね。
きっと、
あなたを感じ涙が溢れることでしょう。




あなたの存在に感謝と敬意をこめて。




2017年6月22日

何を着ていたかは思い出せない

先日、フリーのシュ-フィッターさんに、
足と靴の関係性について、詳しくお話を聞く機会があった。
シューフィッターの仕事はまだまだ認知度が低いそうだが、
これが、本当に目から鱗であった。




右足と左足では別人くらい違う人もいるそうで、
足の測定箇所は、片足45ヶ所×両足で90ヶ所にも渡り、
あらゆる角度からその人の足を測定診断してくれる。




靴のサイズの正しい選び方(例えばハイヒールは特に、
靴べらでやっと入るくらいのものを選ぶこと)や、
着地した時に、足の踵が後ろに少し伸びることで、
靴の踵部分をキャッチするという足の動きや、
足にある3つのアーチの役割、また、
外反母趾は横アーチの機能が落ちてことが原因であること
などを、足の構造とともに教えてくださった。




わたしは凝り性なので、好きなものに対しては、
とことん調べたくなるのです(笑)
おかげでますます、ハイヒールに対しての愛が
深まりました。




ルブタンを購入した際は、シューフィッターさんに
調整をお願いして、足にぴったりのものにしたい。




少しの違和感が、エレガンスに繋がるかに影響する。




最後に、一番私が大切にしたいことを、
ナディーヌ・ロスチャイルド男爵夫人の言葉から。




~後で思い出したとき存在感だけは残っている
 だけど、何を着ていたかは思い出せない~




ルブタンが主役ではない。




気品高く強烈なエネルギーを放つルブタンを
履いていることすら凌駕してしまう、
センスと存在感を何より大切に目指したい。




2017年6月21日

強さという仮面

自分が大切にしている価値観に、
時々、違和感を感じることで
見直しをする時がある。
それは、次のステージに進む、
タイミングの時でもあるようです。




強く、美しく生きることが、
そんなに価値あるものだろうか。
と、問うていた、この時期。




それは、心からの、魂からの、
幸せに繋がる価値観だろうか。
知らず知らずに条件付けをしてはいないか。




どこまでも、繊細で、
どこまでも、弱く、
どこまでも、傷つきやすい自分を、
置き去りにはしてないか。




社会で何かを成そうとするとき、
強さは大切で、価値あるものだろう。
社会には選ばれやすいかもしれない。
カリスマになれることもあるだろう。




それはそれで、素晴らしいこと。




だけど、どこまでも繊細で傷つきやすい心を
誰しもがその心の奥の奥の奥にしまっている。





他者には決して触れられない領域だが、
自分自身すら触れるのを怖がって、
蓋をしてしまっていないか。
強さという仮面で、無きものとしてないか。




今日は、夏至。




強さも弱さも明るみに出る。




強くありたいなら、むしろ、
弱くて傷つきやすい自分の繊細さを
どこまでも受け容れ認めること。




ひとつの次元を閉じて、またひとつ、
次の次元へ入るとき。




2017年6月20日

ただ、ひたすらに

今取り組んでいることがある。
わたしにとって、恐らく一番の苦手項目。




自分の個性の対極にあるものは、
苦手項目であることが多いものである。
でも本当は、そこに才能がある。




自分の立ち位置を教えてくれるのは、
かならず、他者だ。
人はいつだって、鏡なのだ。




例えば、人と交流する中で
ネガティブな不快な感情が湧くとき、
それは、その次の段階に進めとの、
自分の魂からのメッセージだと思っている。




その不快な感情は、そのまま魂の声だ。




相手を鏡にして、魂が訴えてきている。
気づくまで、人を変え、タイミングを変え、
何度も。




自分ひとりでは気づけない
魂の声のメッセンジャーとしての役割を、
人は担ってくれている。




家族がいても、
パートナーがいても、
仲のよい友達がいても、
最終的に自分の一番の味方は自分。
究極、この世界には、自分しかいないのだ。




何度だって、立ち上がれ。




ただひたすらに、自分の声を聞け。
ただひたすらに、真ん中に入れ。




ただひたすらに、己の道を、全うする。




2017年6月19日

誰とつきあうのか

誰とつきあうのか。
誰と仕事をするのか。
また、誰から学ぶのか。




これは本当に大事なことだと思っている。




例えば、
どんなに優れたメソッドや原理や、
また波動の高いモノがあっても、
それを扱う人のエネルギーによって
歪められてしまうということが、
いつの時代にもどの世界にもある。




自分の波動を整えておくことの
重要性を、とても感じています。




純粋に、そのモノがもつエネルギーを
通したい。







2017年6月18日

エレガンスへの道

欠かしていなかった、部屋の花。




心に余裕がなかったのでしょうか。
しばらく飾っていなかったことに気づき、
紫陽花を^^




お気に入りの花器に大きなその紫陽花の花を入れ、
飾ると、部屋の空気が一気に変わる。




植物のエネルギーは、本当に周波数が繊細。




やはり薔薇が好きですが、
季節の花も心を豊かにしてくれる。




わたしは花を選んでいるときの時間が
とても好き。




いろんな花々たちを、まるで鏡のようにして、
自分と対話しているように感じるときがある。




その時々で、惹かれる花が違う。
赤い花に惹かれる時、強さが欲しいのだと感じたり、
新しい恋がはじまる時、ピンクの花に惹かれたり。
逆に、そのときに欲しいエネルギーを、
花を通していただくことも出来る。




そのときの本当の心に沿う、花を選ぶこと。




そんな小さいことの積み重ねが、
エレガンスにも通じるのだと感じます。









2017年6月17日

母の誕生日と根源の愛

先日は、母の誕生日であった。
朝一番に、お祝いと感謝のメールをする。




いくつかのやりとりの後、
「親孝行をもっとしたいから、
長生きしてね」というと、
「あなたが毎日幸せに暮らしているのが、
お母さんには親孝行よ」と。




その愛と言葉に、感謝しかない。




父と母はとても仲がよく、
お互いに感謝し尊敬しているのを遠目にも感じる。
また弟家族も、幸せなエネルギーを私にいつもくれる。




それらのことは、
私の日々の暮らしや人生にとっても、
目に見えないところで
私を支え、励まし、
礎のように強い土台となっているのを感じる。




父と母からもらったものを、
わたしも繋いでゆきたいと、強く願う。




深い感謝を込めて。





2017年6月16日

女性は生涯、華であれ

タイトルの、このエネルギーに満ちた言葉は、
昨日もつづった、エステティシャン時代の
顧問の先生の言葉である。




女性は生涯、華であれ




初めてきいたのは、22歳だったでしょうか。
その時もとても強く心に刻まれたのを覚えていますが、
ずっと忘れることはなく、むしろ年を重ねるごとに
この言葉の深さと意義を、感じるようになりました。




女性が美しく華であるには、どうしたらいいのか?
また人が幸せに生きるには、どうしたらいいのか?
そして、それには、
どういうマインドや意識であるべきなのだろうか?
どういった在り方の前提を持っていれば、
幸せがもっと増えるのだろうか?




というような問いをずっと探求&実験してきているのが
(思い出せる一番昔は、小学5年生です^^)
わたしの人生のひとつとも言えるようで、
最近そのことを私自身が自覚でき、心底受け容れました。




少し話しが逸れましたが、
女性が美しくあるには、何かを積み上げて努力する前に、
まず「自分の本来の美しさを知る」ということだと
思います。




そしてまたその前に、
女性という肉体をもって生まれてきた自分自身を、
心から受容れるということが、とても大切です。
なぜなら、生まれ持った肉体の姓を受容れるということは、
自己肯定の最初の土台になるからです。




実はこれが一番根深く制限になっていることが多く、
長い人類の歴史の中で「女、子供」と蔑まれていた時代や、
また現代でも世界に目を移せば、モノとしてしか
扱われていない国もまだまだあるように、
女性という肉体を持って生まれてきたことを
受け入れにくい歴史や背景を、私たちは背負っています。




その辺りの集合意識的な傷であったり、
人によっては、生きてきた人生体験の中での傷を、
ずっと抱えてしまっている方も少なくないかもしれません。
そういった傷をほぐしていくことや解放していくことは、
とても大切だと感じます。




話が少しディープになってきてしまったので
この続きはまたの機会にしたいと思いますが、
いずれにしても、
「女性は生涯、華である」ことが出来るということ、
そして何よりそれを自らが望み、諦めないということ。




自分にしかない唯一無二の「華」をおおいに咲かせ、
生涯、美しくありたいですね^^




2017年6月15日

良い時は、悪くなる要素を含んで、良いのである

良い時というのは、悪くなる要素を含みながら、良いのです。
悪い時というのは、良くなる要素を含みながら、悪いのです。




こちらの言葉は、以前エステティックサロンの
店長をしていた頃に、顧問の先生がいつも仰られていた言葉。




先日、同じようにサロン店長をしていた同期の友人と
話す機会がありましたが、ふたりともがこの言葉を
とてもよく覚えており、懐かしく口にして、
懸命だったあの頃を愛おしく笑いあったりして、
それはとても美しい時間ともなりました。




その頃はまだ20代半ばで、良い時も悪い時も
ただ必死に走ることしか知らなかったけど、
人生経験を少なからず積んで、
この言葉の真意が今は私なりによくわかります。




人生は俯瞰して見てみれば、波のようにできており、
また、星座が牡羊座から始まり魚座で終わるように、
また、干支であれば12年で一回りするように、
ひとつのサイクルを終えてまた次のサイクルに、
螺旋階段を上がるように進んでいくようです。




苦しい時というのは、俯瞰する力が途端に弱くなって
しまうけれど、このサイクルの法則は普遍の原理。
また、良い時こそセンスが必要で、油断が過ぎたりします。




今、良い時にある人は、足元を大切に。
今、悪い時にある人は、希望を胸に。




その時々を、味わい尽くせたらいいですね。






2017年6月14日

声と、言葉と、本当の想い

数年前ですが、1年間ほどボイストレーニングの
レッスンに通っていたことがあります。





目的は、歌の上達とステージで歌うことでしたが、
それ以外にも、声を発することの神秘性や意味を
深く感じるものでした。





自分の意識状態によって繊細に喉や声の状態は変わり、
歌うことにも大きな影響をもたらすので、
プロのシンガーがLiveなどで、どんな状態であっても
1曲4~5分の中であれだけのドラマをつくり、
また曲によってもそのドラマを変え、そして、
何万人もの人を魅了するエネルギーとは、
本当に神業であると感じたのは、
レッスンをうけてみて実感できたことでもあります。





緊張する場面などで声が上ずってしまうことは
誰しも経験したことがあると思いますが、
わたしは、自分の気持ちと口にする言葉に
ギャップがあるときなども、
喉が極端に詰まり声を出すのが苦しくなります。





喉のチャクラは、感情表現や自己表現などの
コミュニケーション全般に対応するチャクラなので、
本当の思っていることを伝えられないときなどは、
喉のチャクラの機能が落ちるからなのだと思います。





話は少し逸れますが、エステティシャン時代に
クライアントにカウンセリングをしていたとき、
相手の心理状態や話す内容などに合わせて
話し方や声のトーン、また声の速度を変えて
カウンセリングをしていました。





これはクライアントに向き合う中で
自然に身についたスキルでしたが、
確実に伝わる度合いも変わり、
手の扱い方や目線などとともに
声が人の心理にもたらす影響は
本当に大きいということを実感するものでした。





ボイストレーニングとカウンセリングの
ふたつの経験から思うのは、本当の想いに
直結した言葉を口にすることの大切さと、
その言葉を一番伝わりやすい声(トーン、速さ)で
表現することの大切さです。





これは本当に馬鹿にできないことで、
人を魅了するしないの話の前に、
本当の想いと口にする言葉にギャップをつくると、
それは、思い描くビジョンと現実とのギャップにも
なるということ。冷静に考えたら当たり前ですが。





本心に沿う言葉を使い、またそれが
他者に、筒のように伝わる声で表現をすること。





磨いていきたいことのひとつです。



2017年6月13日

弱さをとことん認めるという、強さ

強さにもいろいろあるが、感じることがある。




自分の強さとは対極にある、
弱さや情けなさ。
また、
自分の愛や優しさとは対極にある、
憎しみや身勝手さ。




などの、ネガティブで不快な感情を、
直視し、受容れ、手放すことの出来る
センスをもてることを、ひとつの
強さというのではないか。ということ。




感情というものは、円環のようにできており、
愛や思いやりが大きな人というのは、
実は同時に、
その内には怒りや怖れも大きく抱えている。
底の底に沈んでいて気づかないことが多いけれど。




愛と憎しみは、同じ線上にあるし、
好きと嫌いも、同じ線上にあるということ。
性質が全く違うわけではなく、
好きのボリュームを限りなくゼロに
落としていった状態が、嫌いということ。
なだけ、だったりするのです。




「どうしようもないくらい情けなくて、
人には見られたくない。」
と感じるような自分こそが自分自身であり、
そこをしっかりと直視する勇気や強さを持つこと。
自分の今の丸ごとの感情や意識の立ち位置を直視し
受容しない限り、どうしようもありません。。




ですが、直視できたところから、
自身の才能を最大限に発揮できる領域にいける
可能性が、飛躍的に広がるのだと思います。






2017年6月12日

過去の歴史を、歓迎する

昨日の太郎さんのエネルギーが入ったのでしょうか。





「自分の信じた情熱を、前面に出す」
という想いとともに在った、今日という日でした。





もう懐かしい過去であり、信じられないことですが、
「あの頃は、心底、自分に自信がなかったのだなあ」
という時代が私にもあったことを、思い出していました。





誰にでもひとつやふたつある、
過去の苦しかったり悲しかったりする歴史。





はっきりと断言できますが、その黒歴史そのものが、
今の自分とこれからの人生に、
暗い影を落とすなどということは、ありません。





仮に、過去の出来事が未来に影を落とすというような
ことがあるとするならば、過去のその出来事を、
今の自分が、卑下し、罪悪感を抱き、恥ずべきものと
思うことこそが、未来への元凶となるだけのことです。





誰にとっても、
恥ずべき過去など、本当にひとつもないのです。
誰にとっても、
必要なかった過去など、本当にひとつもないのです。





過去の体験の否定は、自分の否定であり、
それは、魂を深く傷つけます。
いのちとしての前向きなエネルギーを奪います。





本当に全ては、今この瞬間からの自分自身。
それを一点の疑いもなく、信頼することなのだと思います。




2017年6月11日

人生、即、芸術。

川崎市の「岡本太郎美術館」へ伺った。





時々、太郎さんの熱いパッションと
その迸る魂の波動に、触れたくなるのです。





現在、常設展では「赤の衝動」と題して、
「赤」の作品が多く飾られている。






太郎さんは、
「好きな色は何ですか?」と尋ねられると、
必ず「赤」と答えていたという。
太郎さんにとって、炎や太陽、血、そして、
命の色だったとのこと。





私にとっても、「赤」はやはり、特別な色。
多くの女性にとってもきっと、そうであろう。





太郎さんの「赤」の作品は、まさに命の鼓動と
共鳴するような作品ばかりで、体温までもが
上がりそうであった。





さて、今回のもうひとつの小さな目的は、
以前美術館で購入しお気に入りで使っていた、
クリアファイル(やはり赤^^)を買い足すことで
あったが、残念ながら、もう同じデザインの
ものはありませんでした。





ですが、メッセ入りのクリアファイルに目が止まり、
そのメッセに、ハートを撃ち抜かれた。





人生、即、芸術。





これこそ、私自身が思う人生に対する前提だと
心が震えた。





芸術家でなくとも、それぞれの人生は、
それぞれの芸術作品だと強く感じる。





過去など一切関係ない。
もし過去に捉われたり、罪悪感が湧いたなら、
それは今この瞬間に、許し、溶かすことです。





さてさて、ここからの人生、
どんな芸術作品を創りましょうか^^




2017年6月10日

月の満ち欠けと、女神様

新月や満月などの、月の暦を意識して過ごすように
なったのは、月経周期に合わせアロマセラピーを
提供していた20代のエステティシャン時代からである。





月経の周期によって女性の骨盤と頭蓋骨は
開いたり閉じたりしますが、そのリズムが
月の満ち欠けのリズムと連動する身体が、
本来あるべき女性の身体です。





その神秘的な身体の仕組みを知った時、
女性の身体とは、なんと神聖であるのかと
心が震えたのを覚えている。本当に、
女性は、ひとりひとりが女神なのです。





現代女性は、社会の様々なストレスなどにより
骨盤と頭蓋骨が硬くなっていることが多く、
(つまり、緩めることができない。
因みに男性もですが。。)
女性特有のトラブルを引きおこしています。
もちろんセクシュアリティにも影響します。





理想(本来)の身体は、この骨盤の開閉が、
繊細かつダイナミックに波打つ身体のこと。
つまり、宇宙の法則と連動している身体であり、
それはまた、繊細かつダイナミックに
現実を創ることにも繋がります。





世の中にはいろいろなメソッドがありますが、
月の満ち欠けのリズムを意識することは、
女性本来の身体の機能を目覚めさせ、
その人本来の美しさにも繋がる道標となるのは
私自身の体験とエステティシャンの経験からも
言えることです。





その人、本来の美しさ。
その人、本来の女神性。





女性の身体の本能を目覚めさせていくこと。





それを開花し謳歌できる時代に今、
私たちは生きているのだと思います^^





2017年6月9日

恋する、パリ

ときおり強く恋しくなる街、それがパリです。





アクセスが多くあったこちらの投稿の
「生きる場所」でも綴りましたが、
その土地その土地は生きており、
それぞれが持つ波動やエネルギーがあります。





以前ある方が、向かう方向性ややりたいことに合わせて、
暮らす場所を変えると仰っていましたが、
その土地のエネルギーを活用し、共鳴させていくことは、
人生を創る上でとても有効で大切なことだと感じます。





それで、パリのこと。





パリという街が、
古今東西の芸術家たちを惹きつけてやまないのは
あの土地の波動にあるのだと思う。





もちろん、そこに暮らしてきた代々の人々の想いが
街のエネルギーをつくっているのだとは思いますが、
やはり元々の土地のエネルギーの影響が強いように
感じてなりません。





「地理は風土を生み出し、風土は人をつくる」
という中国の歴史家の司馬遷の言葉がありますが、
まさにそのように感じます。
土地が人を育み、人が、土地にまたエネルギーを
降ろすのでしょう。





いずれにしても、パリという街には、
パリに恋しパリを愛した芸術家たちの
気高い魂がそこかしこに宿っているようです。





昨年シャルル・ド・ゴール空港に降り立ち、そして、
パリ市街地に入った瞬間に涙が溢れた理由は、
その崇高な波動のエネルギーの為に他なりません。





来年は、暮らすように滞在したい。





恋する、街。
深まる、愛。
それが、パリです。




2017年6月8日

深遠なる、香りの世界

五感の中でも、海馬という原始的な脳の領域に、
一番強く影響をもたらすのが香りだといわれている。





以前ある女優さんが、新しい役をいただくとまず、
香りを買いにいくという話をされていた。





新しい役のイメージにふさわしいと感じる香りを、
自分のライフスタイルの中に取り入れ、
役作りがそこからスタートするのだそうだ。





この話には、深く納得した。





私はエステティシャン時代に、アロマセラピーを
クライアントに提供していたが、その効果たるや
その人の脳やエネルギーにダイレクトに作用する。





私自身も、香水やアロマオイル、またお香など
香りのない生活は考えられず、香りを選ぶ瞬間も好き。
またときに、他者のエネルギーのプロテクションに
使うことも。。





心が華やぐ香水の世界。
心が癒されるアロマの世界。
また日本には、香道とよばれる香りの文化もあった。





女性にとって五感を満たすことは本当に大切だが、
香りほどダイレクトに脳に作用するものはない。





香りの世界はやはり奥が深く、神秘的なのである。








2017年6月7日

生きる場所

東京で暮らし生きて、早12年になる。
きっかけは、当時金沢から飛行機で通っていた
起業塾を主催する講師の方の、
「東京で一緒に仕事しない?」の一言であった。





そこから12年、東京を愛し生きてきたが、
最近強く感じるのは、あまりに人が多く、
人の念の影響が大きい街であるということ。
「病は気から」というが、
気や波動が乱れやすい街であるのは、
残念ながら事実のようです。





光だけであるはずはもちろんなく、闇も深い街。





光だけの世界が仮にあるならば、
それはそれは美しい極楽浄土の楽園であろう。
でも、闇を光に転換し得た後の世界の美しさは、
楽園の美しさを遥かに超える、
美しさと豊かさの世界であると私は信じている。





だが今のこの東京の波動の中で、
心身の健全さを保ち、また自分の在りたい姿や
エネルギーをも純粋でクリアに保つには、
サバイバル的な精神力も体力も、そして智慧も
必要であることを痛感しています。





街は生きており、そこで生きて、
呼吸をするということは、その土地と
無意識であっても共鳴がおきるということ。





どこで生きるのか。
本当に大事なことであると、感じている。





2017年6月6日

魅力的である以上に尊い働きはない

以前も紹介した、レ・ミゼラブルの作者であるユゴーの
こちらの名言が、何度も思い出されている最近です。





この世に魅力的である以上に尊い働きはない。
周囲に喜びを放ち、
暗黒の日々に光を投げかけ、
運命の金糸となり、
優美で調和した精神そのものであること。
これこそ他者への奉仕ではないだろうか。

ヴィクトル・ユゴー

(フランス/小説家・戯曲家・政治家)





言葉はもちろん違えど、
このことをずっと信じて生きてきたように思う。





人に何かを尽くす前に、
自分の魅力や自分の幸せにとことん尽くすこと。
(もしこの言葉に、不快な感情を覚えるのであれば、
それは自分の欲求をどこかで抑圧していることに他ならない)





それには想像以上の強さが要る。
自分の欲求や感情のプラスもマイナスも、直視する強さが要る。
自分の魅力や幸せが何なのか?を知るセンスが要る。
魂の声から耳をそらさない軸が要る。
そして、誰に認められずとも、自分を信じる強さが要る。





人に奉仕することの方がむしろ簡単だともいえるのです。





自分のいのちを、ただひたすらに悦ばせ燃やすことに、
何の遠慮も要らないはずです。





そしてそれは、他者のいのちへの貢献でもあるのだと、
私は思います。




2017年6月5日

直感の感度を上げること

いろいろなところで、直感が大切ということは、
もう手垢がついているくらいに
当たり前に言われている時代である。





それは間違いない、と私も感じている。





だが、直感は直感でもどの次元からくる直感か?
ということが大事であるということを、
強く感じています。





想い描くビジョンによってもその深さは変わるようで、
最近、自分のビジョンを再確認したところ、
湧き出てくる直感の深さや感度が変化したように思う。





また、その時の脳やチャクラといった状態によっても、
どこに繋がるかは、天と地ほど違う。





直感は直感でも、どの領域につながった直感なのか。
それがとても大切。





直感の感度をあげてゆくこと、
これからますます大切な時代になるように思います。







2017年6月4日

体を変えること=運命を変えること

久しぶりに本気で身体を変えようと思って、
食事やエクササイズを見直している。





人生のステージが変わる前触れのような時、
人によっては家の断捨離や引越しをしたくなったり
ファッションを変えたくなったりするように、
私はまず、身体のデトックスや筋肉をつけたりといった
肉体のバージョンアップをしたくなる。





現実と身体は、100%直結しているからであろう。





今までも身体を変えたときは、
仕事やプライベートが変化を起こした。





身体は、魂や感情や意識の"神殿"なのです。





すべての次元がこの身体に宿っている。
大切にしたい。




2017年6月3日

遊び心を全開にする

ただいま、ふたご座のシーズンの真っ只中。
ふたご座が持つエネルギーの要素の中でも、
私が一番意識しているのは
遊び心や冒険心といった要素です。





月星座がふたご座の私であるにも関わらず、
遊ぶことや"ノリ"の良さで物事を進めることに
何となく罪悪感を持っていた私ですが、
本来は本能のままに遊んだりするのが大得意なはず^^
その感覚を取り戻すチャレンジを楽しんでいます。





普段、「美しいか、否か?」「本物かどうか?」
という視点ばかりになりがちですが(天秤座的ですね)
「面白いか、否か?」
を基準に持たせることを、
この時期、楽しみたいな~と思っています^^





面白そう!
楽しそう!
なんか好き!
といったような、意味なんかはどうでもいい、
本能から湧き出る、子供のような無邪気さと冒険心で、
ただ純粋に選び、遊ぶ。





本能からの声をきき、そして解き放つ。





自分の軸がなければパワフルな本能のエネルギーに
ただ翻弄されるだけですが、
今の自分だからこそ、大切にしたいと思っています。




2017年6月2日

楽しみなこと

夏にとあるセッションの開催を予定している。





これは本当に楽しみであり、
具体的に提供するメニューを考えているところだけど、
ほぼ決まりました。





セラピストとして活動していた時期からすると、
何年ぶりだろうか。





内側でくすぶらせてしまっていた情熱。





魂よりも深く波動が高い、”spirit”と言われる領域は、
実は、”安定”を求めていないそうです。
四大元素では、火のエネルギー。
(ちなみに恋愛もこの領域^^)
常に進化成長しているエネルギー領域です。





あふれる情熱を楽しみたいと思います。





~ジョージ・カーリン氏の言葉~
人生はどれだけ
呼吸をし続けるかで
決まるのではない
どれだけ
心がふるえる瞬間があるかだ





2017年6月1日

わたしの想い〜プロローグ〜

きっとずっと、何かを伝えたいと思っていた。
でもそれには、私の成熟さが必要だろうと、
伝えられるだけの体験が必要だろうと、
それもどこかでずっと思っていた。




その時々、伝えてきたや発信してきたことは、ある。
だけどどこかで違和感を感じていた。





今ももちろん完璧ではなく、そして、
完璧であるはずもなく完璧である必要もないが、
やっと、自分が納得して出せるときが
来ているのかもしれないと感じています。





社会人になり、美容の世界に入り、
日々クライアントと接し肌やボディに向き合う中で、
「美しさ」は、化粧品でもなければお手入れでもなく、
「心」が整っていなければその人の本当の美しさは
引き出せないんだ。と、実感したのは23歳の時であった。





幸いにも、お世話になった会社は、
外面・内面・精神面の3方向からのアプローチを
(外面:見た目の美、内面:健康状態、精神面:心の充実)
三面美容といって掲げていた会社であり、
わたしは色々なことを本当に学ばせていただけた。





今思えば、23歳の時から、
わたしの想いはひとつなのかも知れません。