2018年3月18日

たゆたえども、沈まず

「たゆたえども、沈まず」
フランス語では
luctuat nec mergitur.
パリ市の紋章にある標語である。


「あ〜本当にパリを象徴する言葉だな」
と思う。


そして、この標語は
真理をついているなと
思うのです。


揺蕩う(たゆたう)
=
物がゆらゆら揺らいで定まらない
心が動揺する、動く


という意味ですが、
わたしは、心の仕組みも身体の仕組みも、
この揺らぎというものがとてもとても
大切だと感じています。


揺れることは生きることそのものだと
言ってもいい。とすら思うのです。



何かのストレスを受けた時、
心は揺れます。
つまり、揺れることが、
クッションの役目も果たしている。


生理周期も身体の揺れ(波)でおきており
その揺れのおかげで排卵がおき、
妊娠可能な体となっているのです。



揺れることを止めてしまうことは、
そもそもの自然治癒力や生命力を
弱めてしまうことでもあるのです。


だからね、結論を言ってしまうと
体や感情が揺れることを怖れる必要は
ないということ。



そしてそれは、人生も。



<たゆたえども、沈まず>



心も身体も人生も、
揺れに揺れたとしても、
沈まなければそれでいい。




揺れることは、
可能性なんだよ。




怖れずに、、
でも、”怖れという揺れ”がでてきたなら、
それを丸ごと受け容れて。
それが、”沈まない”コツ。




揺れを受け容れていくことは
この時代を生き抜くひとつのヒントであり、
それは宇宙の真理でもあるのです。


2018年2月27日

歩む道

昨年の6月に書き綴った文章です。
今年の2018年以降の流れについて感じていることを
綴っていたようですが、
そのままの流れとなっていて少し驚いています。

☆☆☆
ほんの少しずつではあるけれど、
来年の空気が入ってきているのを感じています。
6月21日の夏至を迎える頃には、もっと、
ハッキリと感じてくることだと思う。


来年から2020年までの3年間は、わたしにとって、
人生の1つの大きな山場だという感覚が強くあり、
仕事もプライベートも、その3年間に集約される
タイミングだろうと感じている。


今迄の人生の集大成でもあり、
同時に、今後の10年また20年の始まりでもある、

ひとつの大きな転換期の3年間。
人生にそう何回もないというような、
ドラマ感がくるように感じている。


話す言葉が、変わるでしょう。
付き合う人が、変わるでしょう。
暮らす場所が、変わるでしょう。
生きる次元が、変わるでしょう。


「石橋を叩いて渡る」ことが、
大事な場所も、大事な時もある。
だけど、人生は、
「石橋を叩いて壊して、自分で創って、渡る」
ということも、出来るのだと思います。
それは、生きる次元を変えたとき可能になる。


それでも、そこに進みたい。
それでも、そのことをしたい。


そんな純粋な動機に突き動かされて、
これからの人生も創っていきたいと思っています。
☆☆☆

このときに感じていたことは、
今現在も同じように感じています。
先日、ルミナ山下さんにホロスコープをみていただく
ラッキーな機会がありましたが、やはり、
2018年から2020年は大きな変化のタイミングでした。


楽な道はないでしょう。
でも、いのちが活き活きと輝く楽しい道はある。

その道を謙虚に進んでいきたいと思います。




2018年1月26日

氷点下4度とハイヒールと美意識と

東京は昨日、48年ぶりにマイナス4度と
なったようです。



雨や雪で無い限り、氷点下であっても
ハイヒールでお仕事に向かいます。
ハイヒールの方が歩く際に筋肉を使うので、
体感はそんなに寒くはないのです。



昔から靴にはこだわりがある私ですが、
購入する際に吟味することはもちろん
ハイヒールのウォーキングレッスンを受けたり、
一流ブランドの靴ショップの販売員さんや
靴工場の方へのヒアリング、
(一流ブランドでも工場は杜撰だったりします...)
また、スタイリストの方による靴講座の受講
などなど。笑



振り返っても、靴への情熱には
我ながら笑ってしまいます。



高さにもこだわりがあり
デザインにもよりますが、
7.5~10センチが
わたしの身長とふくらはぎの形と
そして社会との接点を考えた時に、
一番しっくりくる高さです。



10センチ以上のヒールも大変美しいのですが、
わたしの日常には少し大げさでトゥーマッチ。



場合によっては、
相手にも気を遣わせ兼ねない
印象の高さになるので、
仕事や日常に選ぶことはまずありません。



わたしにとってのファッションの役割とは、
まずは自分にとっての心地よさと自己への愛情
その次に他者への心地よさと思いやり、
そして最後に、”魅せること”という順番です。
(ONとOFFでは多少変わります)



これは美意識に関わることですし、
人によって違いますでしょう。
人によって違うことこそが
地球の豊かさでもあります。



ファッションの話だけではもちろんなく、
この”美意識や美学を持つ”ということが
わたしはとても大切だと感じています。



戦争以前の日本人は、
否、敗戦した以前の日本人は
この美意識をお持ちでいらっしゃいました。
(この話はまたいずれ..)



これからの時代は、その眠らせていた
日本人ひとりひとりの中にある美学を、
再び、立ち上げていく時代だと強く感じます。



わたしは何を美しいと感じるのか?



そのことを認識し
心の中心に据えて生きることが、
最終的に、自分を救い自分を活かし
他者をも幸せにすることに
繋がるように思います。





2018年1月18日

新たな趣味

正しくは、復活させたい趣味ですが、
それは”写真”です。



以前は一人で撮影旅行に出かけるほど
写真を取ることが好きで、また、
一眼レフをマニュアルで撮っていた為、
カメラの基本的な仕組みは理解しているのと、
その仕組みを駆使して撮るのがとても好きでした。



写真は、目に見えないものも純粋に転写してしまう
媒体なので、非常に繊細で、かつ怖さもありますが
(わたしの人間性も露呈されるので)
それがまた、面白さであり醍醐味でございます。



今は、どのカメラを新調しようかと、
パンフレットをかき集めては
子供のようにわくわくとしております。笑



ファインダーを覗き、被写体を見つめ、
その一瞬の”美”を切り取るということは、
自らの感性を高めることにも繋がるので
非常に楽しみです。



見る人の心を、
時に優しく癒したり
時にハッと目覚めさせられたりするような、
そんな写真が撮れればと思っております。




2018年1月17日

口にしないこと

何時の頃からかは忘れてしまいましたが、
自分が叶えたい夢や決意していることなどを
人には、口にしなくなりました。



有言実行と申しますように、
言葉にすることで奮起できたり決意が強くなったり
また、協力者が現れることももちろんあるので
どれが正解ということでもありません。
(わたし自身も、20代は特に
この精神で生きていたように思います。)



人それぞれの性質と人生のタイミングもあります。



他言しなくなったその理由はいくつかありますが、
まずひとつは、口にしたその思いが
他者にどう捉えられるかがわからないからです。



相手の人が、例えば、
「大丈夫?」
「やめた方がいいんじゃない?」と思った場合
(もちろんそれがその人の愛情であっても)
思うだけでも、そのエネルギーはとても大きな影響を
齎らしてしまうことを感じるようになりました。



また、感覚的にですが、口にすることで
エネルギーが漏れていく感じがするのです。
エネルギーは、正しいタイミングと正しい場で
使うことが大切なのだと思います。



なおかつ、自分を観察していると、
本当に心に決めていることというのは、
”したい”というよりも、”する”だけのことであり、
いちいち宣言などしないものなんですよね。
顕現化することに深い信頼があれば
叶うことは”わかって”いるので、
主張するようなことはなくなってくるようです。



不言実行の精神がとても大切だと感じております。




2018年1月12日

”物”に宿るエネルギー

少し前に、お洋服の整理をしていたときのことです。



一枚一枚を手に取り、その感触や感情を確認しながら
捨てるか否かを確認する作業を黙々としておりましたら
突然に、涙があふれたのです。



自分でも驚いたのですが、
その洋服を買った頃の自分に対する労いの感情とともに
溢れ出た思いは、
「服はわたしを守ってくれている存在なんだ」
ということへの気づきと感謝の気持ち。



加えて、その洋服がわたしの手元にくるまでの
たくさんの人の思いまでもが感じられ、
涙が出てきて仕方がなかったのです。



思えば、他者と自分との境界線に位置しているのが
”服”だったりします。



また、自分の過去のエネルギーも
もちろん付着しているわけですから、
なかなか捨てられない服があるときなどは
それはもしかしたら、
過去の自分に執着しているのかもしれませんね。



”物”は全ての精神活動が集約し結晶化しているので
それを手に入れたり捨てたりして”動かす”ことは、
現実を動かすことと同義です。(ちなみに肉体も^^)



ですので、身に纏うものは、本当に大事。
特に靴は”現実を動かす”ことに直結しているように感じます。
ちなみに私は靴を毎日拭いたり掃ったりいたしますが、
”靴底”も同様に拭いて、下駄箱にしまっています^^
(”靴底”拭き、おススメです!)




今年は、所謂スピリチュアルなこと以上に、
物質的なことへ意識が向いているので(同じことですが)
普段触れる”物”を、丁寧に見つめ扱ってゆきたいと存じます。




2018年1月11日

素晴らしい出会い

私はほとんど、ロールモデルと言われるような方を
持ったことはないのですが、新年を迎え、
「この方のようになりたい」と
こころから感じる出会いに恵まれました。




真のエレガンスと気品
ファッションセンス
国際基準の立ち居振る舞い
声の美しさと話し方
ユーモアのセンス
日本国に対する深い理解
日本人としての誇りの持ち方
真の国際人であるマインド
言葉の深さ
世界を観る視点
芸術や文化に対する造詣の深さ
死生観
宇宙的な視座にのっとった暮らし
人に対する思いやりと眼差し
芯のある たおやかさと優しさ




あげたらきりがないほどに、
その方を形創っている精神性のほぼ全てが
私の理想の方。




出会いに心より感謝いたします。




ローマは一日にして成らず
と申しますように、
その方の生き様のエッセンスをひとつずつ頂戴しながら
わたしの生き方も洗練させてゆきたい。




人間であることの醍醐味のひとつは
やはり、人との出会いにあるように感じます。





2017年12月20日

美しさとは真理である

美しさとは、心の振動のこと



その振動の細やかさによって、
崇高さが決まるのでしょう



美しさに心が震えるとき
その対象と共鳴している




共鳴とは、振動が同じということ



心をふるわせているだろうか
感動して生きているだろうか




美しいものには、神様がやどる



神様も振動=波動




神様の振動に共鳴できれば
すべての願いが叶うのでしょう




それが、結ぶということ




人生にどんな共鳴を起こすのか
どんな波動で生きるのか




美しさには、全ての真理の入り口が
あるように思います




2017年12月8日

香りの女王

久しぶりに、ゲランのシャリマーの
香水を身に纏った。
クラシカルで気高く甘くエレガントな香り。




以前より、この香りが自分に
馴染んできたのを感じれたことは
ささやかな喜びでもある。




最近また、香水、お香、アロマといった、
「匂い」「香り」に対しての
好奇心と学習意欲が高まっており、
世界中の儀式などにも使われてきた
スピリチュアルな側面と、また
サイエンス的な側面についても
どっぷりと学びたいと感じています。




10年以上も前になるが、
わたしの前世のひとつに
「ヨーロッパの香りの女王」であったと
いわれたことを思い出す。
(最期は、自らが愛し過ぎた香りの
強い成分が毒と化し、朽ち果てた。
という悲話であったが、、苦笑)




いずれにしても、香りの世界には縁がある。




香りは波動であり、
五感の中でも本能や記憶への影響が
強い感覚器官であり、
人の意識にもたらす影響力は計り知れない。




香りの世界を深めてゆきたい。






2017年11月22日

冬の時代の過ごし方

この2016~2017年の2年間、
わたしの人生のバイオリズムにおいて
春夏秋冬で表現するところの冬の時代であった。



結果として冬の時代であった、、ということではなく、
2016年に入る前からそれは予測していたことなので、
この冬の時代を積極的にとらえ
2018年からの春の時代に蒔く種や、種を蒔く土壌を、
いかに最高のものにするか?にフォーカスをしてきた。



それは、自分の精神に深く潜ることであったり、
それは、社会的に新しいことをしないことであったり、
それは、目に見えない世界を深く理解することであったり、
それは、現実的な契約を交わさないことであったり、
多義にわたる。



冬には冬に、すべきことがあるのです。
冬には冬にしか、出来ないことがあるのです。



人生にはバイオリズムというものが、必ず存在し、
ひと回りして成長し、その円環をひとつ閉じ、
そしてまたひと回りして成長し円環を閉じていくというのが、
人間の成長過程であり、
宇宙のリズムと足並みを揃えるということだと思う。



そういった宇宙の法則を知らない限り、
冬の時代というのは
ひとことでいうと本当につまらないし(笑)
先が見えにくく人生が止まっているように感じるので、
無駄に焦ったりして余計なことに手を出しがちなのです。



何かを「する」ことより、何かを「しない」ことの方が、
動のエネルギーが強い人は注意が必要でセンスが問われる。
(静のエネルギーの人は逆となります。)



自分のことをよく知ることとは、
人生のバイオリズムをよく知ることでもあります。



それはまた、
天体や宇宙のリズムと一体となることに繋がり、
物事が違和感なくスムーズに進むことに
直結しているのだと思います。



春には春の、夏には夏の、
秋には秋の、冬には冬の、
過ごし方と楽しみ方が、等しくあるのだと思います。






2017年11月17日

誰に知られずとも、そうであるか

本当の想いであるということが大切です。



仕事だって恋愛だって、本当の想いであっても、
相手に伝わる場合もあれば伝わらない場合もある。



ですが、時をこえてその思いは、
形を変えるなんてことは往々にしてあるし、
何よりも
その時の自分の気持ちが本当の気持ちであれば、
清々しくいれます。
これがとても大事です。



何を言ったか以上に大切なのは、その在り方。



その言葉や態度が
自我の怖れや不安を埋めるためではなく、
純粋な領域からくる本当の気持ちと意図であるならば、
そのことそのものに自信と誇りをもてるし、
相手がいかなる反応であっても
受容れ認めることが出来るものです。



それを可能にするには、
またいい方を変えれば、
本当の想いや魂の願望を表現し生きるには
それ以前に、自己愛という土台があるかないかが
大きく関わってきていると感じます。



誰に知られずとも、わたしがわたしを誇れるか。
誰に知られずとも、わたしがわたしに「YES」といえるか。
誰に知られずとも、わたしがわたしに「OK」を出せているか。



本当の想いを表現することの前に、
大切なのは実はそこではないかと感じます。






2017年11月1日

決意し、生きること

何と無く、、で、生きない。
ということが、とても大事だと思う。




食べることも、
日常の小さな買い物も、
電車に乗ることも、
どこかに出かけることも、
誰かと会うことも、




日常の全てに、
目的と意図がそこにあるだろうか。

当たり前に選んでいるそのことに、
いのちとしての選択があるだろうか。



大げさに聴こえるかもしれないが、
ほんとうにそんなように生きるとき、
毎日が信じられないくらいに彩りを増す。



すべての選択に、いのちを通す。
それをエレガンスというのではないだろうか。



呼吸をし、生きてるだけでも、
誰かに貢献はしていることでしょう。


今の日本では、ぼんやりと生きていても、
それなりの幸せを感じて生きる事ができる。

その生き方において、
「今日死んでも、何の後悔もない」
と言えるなら、本当に素晴らしいと思う。




人それぞれの生き方があり、
エネルギーの強さも大きさも違えば、
欲求も願望も違う。




ですが私は、

ただ何と無く、、で生きるなんて、
まっぴらごめんです。



大切なことは魂の望みを生きているかどうか?
後悔しない生き方をしているかどうか?
と問うこと。



問うことは、生きること。



目的をもち、その選択を決めていれば、 
如何なる結果になろうが後悔することはなく、
開かれた未来に必ず繋がる。



日常の些細なことであっても、
人生の岐路になるような大きなことであっても
何においても主体的な目的を持ち、
決意して望むということが大切だと思います。




2017年10月28日

自信が欲しいですか?

何かをするに当たり
「自信」なんて
本当はいらないんじゃないかしら?と感じます。



「自信が欲しい」と思うこと自体も
そもそも違うように思います。


シンプルに、
「わたしは本当はどうしたいか?」
だけ。


本当に、それだけの話だと思います。
(それがなかなかわからない?訳ですが(笑))


あとは、、
「じゃあそれを、
実現するにはどうしたらいいか?」
を、行動するだけ。



自信がほしい時ってね、
誰かや何かと比べてる時が多いものです。



出来なくたっていいじゃない。
失敗したらまたやり直せばいいだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。



それに、誰もそんなに自分のこと、
見ていないし気にしていない(笑)



自分の思う世界しか
この世界には存在しないのだから、
「したいなら、する」
本当にそれだけのことです。



自分の好きな人生を創ることは本当は、
とてもシンプルだと思うのです。







2017年10月26日

それぞれが、自分の王国を創る

本当に、人には人それぞれの、
人生のシナリオがあるのだなと思います。



どの人生が素晴らしくて、
どの人生が劣っている、
また、
どの人生が美しくて、
どの人生が醜い、
などということは、絶対にありえません。



他人のモノサシで、自分の人生を推し量ることほど、
自分の魂を傷つけ、疲弊させることはないと思うのです。



比較からのクリエイションも人生のひとつの進め方ですが、
必ず、どこかで、片手落ちになるのではないでしょうか。



わたしはわたしの王国を創ること。
その国の王は、わたし。
あなたはあなたの王国を創ること。
その国の王は、あなた。



自分が本当に創りたい王国をつくったとき、
わたしとあなたの、
真のコミュニケーションが、そこからはじまる。



そこに優劣はないでしょう。 
そこに嫉妬はないでしょう。



誰の美しさも、誰の成功も、真似る必要はない。
崇高さとは、自分への誇りから生まれる。



自分の内側に繋がれば繋がるほど、
自分の王国をつくればつくるほど、
広い世界にそのまま扉が開いていることを、
あなたはきっと、知ることでしょう。



それぞれが、それぞれの国の王として、
誇り高く生きること。



それは自分のいのちに対する責任だと、思うのです。
そしてそれは同時に、
魂が震えるほどに悦びに満ちた人生だと、思うのです。



豊かに。美しく。
自分を知り、自分を活かし、
自他ともに、祝福の人生を。
TOMOKO