2018年3月18日

たゆたえども、沈まず

「たゆたえども、沈まず」
フランス語では
luctuat nec mergitur.
パリ市の紋章にある標語である。


「あ〜本当にパリを象徴する言葉だな」
と思う。


そして、この標語は
真理をついているなと
思うのです。


揺蕩う(たゆたう)

物がゆらゆら揺らいで定まらない
心が動揺する、動く


という意味ですが、
わたしは、心の仕組みも身体の仕組みも、
この揺らぎというものがとてもとても
大切だと感じています。


揺れることは生きることそのものだと
言ってもいい。とすら思うのです。



何かのストレスを受けた時、
心は揺れます。
つまり、揺れることが、
クッションの役目も果たしている。


生理周期も身体の揺れ(波)でおきており
その揺れのおかげで排卵がおき、
妊娠可能な体となっているのです。



揺れることを止めてしまうことは、
そもそもの自然治癒力や生命力を
弱めてしまうことでもあるのです。


だからね、結論を言ってしまうと
体や感情が揺れることを怖れる必要は
ないということ。



そしてそれは、人生も。



<たゆたえども、沈まず>



心も身体も人生も、
揺れに揺れたとしても、
沈まなければそれでいい。




揺れることは、
可能性なんだよ。




怖れずに、、
でも、”怖れという揺れ”がでてきたなら、
それを丸ごと受け容れて。
それが、”沈まない”コツ。




揺れを受け容れていくことは
この時代を生き抜くひとつのヒントであり、
それは宇宙の真理でもあるのです。


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